「肝心なのそこじゃん!」と思うところが進まないのかー、とため息が出たニュース。リンクととりとめない一人ごとなど。
▶プラスチック環境汚染防止 国際条約とりまとめ 合意再び見送り[NHK]https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250815/k10014895041000.html
最近「ゴミの分別をきちんとしましょう」とかのレベルでやってる場合じゃないだろう、と急に危機感を感じるようになったので、このニュースを新聞で見た時の最初の自分の反応は、逆に「やろうとはしてたのか……」でした。(知らなすぎ(-_-;))またも見送り、ということで、検索したら以前の「見送り」のニュースが出てきました。(※上記のリンクは最新のほうです)
プラスチックを作ることで収入を得ている国は、当然生産規制には反対するよね。ここを「当然」と思ってしまうのも、やっぱり結局は資本主義がしみ込んでるから。自分の頭にも。資本主義経済のシステムが足枷になってしまってる。この問題だけでなくあらゆることの。でも方法はあるはず。この問題を乗り越えられたら人類一歩前進よね。
発明されないかなあ、こういう問題を回避できる、新しい経済システム。それを題材にしたSFが今一番読みたいと、何年も前から思ってるのです。仮説でもゲームでもフィクションでもいいから出てこないかなあ。見たり読んだり体験したりすれば、私たちの意識は影響を受けます。「え、そんな道もある?」と最初は思い、やがて当たり前になる。ここんとこ終戦の日関連のアレコレをテレビを見ているけれど、ちょうどあの時代に不幸な方向に向けて見事に社会の空気を変えたように。
フィクションはディストピアばやりだけど、ユートピアを描くのも悪くないと思う。でも一般的には「浅薄でも悲観的なほうがパッと見頭よさそうに見える」、というおかしなバイアスもあるので厄介ですけどねー。
…そうそう、もてはやされてるAIはこの方面では役に立たないのかな。人が「これに役立てよう」と意識しなければ、道具は役に立たない。偽画像を作るだけのおもちゃのためだったら新たなデータセンターなんかいらないでしょう、そんなことのために膨大な電力使うなんて馬鹿げてるでしょう、とパンピーは思うのだが。(いつだったか、ニュースショーのAI特集で、「そもそもAIは必要ないのかも」という有識者の意見が出ていたことを思い出す)
※追記・記憶がおぼろげなので確認してみたら、「有識者」は齋藤幸平さんで、言い回しはもっと過激。(笑) 思ったより時間が経ってて5月の『報道1930』でしたが、まさに我が意を得たりのご発言でした。あとでこの番組のことも記録したいです♡)
なんかやさぐれた愚痴に堕してしまい失礼しました。(^^;) いやいや、なにか方法があるはず。このニュースに限って言えば、条約の成立に向けて努力している大勢の方々がいるんですよね。日本はプラスチックを大量に消費しているし、国際条約を待たないで国内の状況を改善できないんだろうか。あるいは気が付かないところで——マイバッグが当たり前になったように——地味に前進はしているのかもしれない。
それでも、スーパーに買い物に行くとすべてがプラスチックの梱包。これなしには生活できなくなってる印象です。毎日大量にプラごみが出る。この状況の消費者レベルでできることは、やはりゴミの分別・リサイクルの徹底くらいなのかな……と思うと半分むなしい。けれど、こういうことは軌道修正の連続なのだろうから。最初は素晴らしく便利に見えたものが、だんだん不都合な部分が見えてきて、それに基づいて扱いを変えていく。それが当たり前なのだろうから。できる範囲でその時よさげな方向に後押しする流れの1分子になれるように、あるいはそれを邪魔しないですむようにしたい。
100年後にこの状況を俯瞰する人たちには、どう見えるんだろう。後知恵だとしても、「こうすればよかったのに」と、どんなことを考えるだろう。同時代にいる一般人は、有益な情報すべてにアクセスできるわけではないのだなあと、しみじみ思う。