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2026/06/03

庭の「再開墾」、食べられる雑草といろんな再開

ミニ畑再生をめざす 

昨年は体調不良などのため、家の北側のミニ畑エリア(…を含めて家の周囲全部(^^;))を放置していました。おかげで畑エリアにはイネ科の巨大な雑草が繁茂。笹も復活してちょっと近づけない感じになってました。


ミニ畑全景。手前は花の終わった牡丹。
足元の笹がすごいです。


今年は何か植えたいので——といってももう遅いのですが、これから植えられるものを植えようと、少しずつ開墾作業中。目下三角ホーで掘り返しておおざっぱに除草、という状態です。今年も体調は低迷(というか、「やるべきこと/やりたいこと」に対して体力と時間が足りない☆)なので、ほんとにすこしずつ。


左手奥の、以前パセリなんかを植えてた小区画。
狭いので最初にチャレンジしました。

草取り後。左にリボベジの小葱を定植。今はかなり伸びてます。
右は自然発生のユキヤナギ。家の反対側にあるのが飛んだ?
他に移すか捨てるか迷い、まだ残しています。


小さい区画を仕上げると達成感があります。やった直後はトイレの窓から(ちょうど見える位置なので)ちらりと見ては風に揺れるユキヤナギにうっとりしてました。(笑)


仕上げたエリアから少しずつ攻略…


奥の物置横。雑草よけにタイル風の板を置いたのに
すき間から出た草でみごとに隠れました。

ようやく敷板が見えるように!

おおざっぱに終えて反対から見たところ。
…がんばりました!(^^;)

これが食えたら

ミニ畑は冬は日が当たらず、夏はほぼ一日中日が当たる、季節ギャップの大きい場所なのですが、最近の温暖化のせいか雑草のいきおいに圧倒されます。折しも世は物価高。大量の草をごみ袋に詰めつつ「これが全部食べられたらなあ…」と思わざるをえない。


で、図書館で「食べられる雑草」関連の本を借りてきました。まずはわかりやすいタンポポに挑戦。すでに時期が遅く、茹でてあく抜きしても苦すぎるのでちょっと諦めモードです。


タンポポの葉。こう見ると立派に野菜。

茹でたあと、5、6回水を変えて半日ほどあく抜き。
それでもかなり苦くて挫折。やはりもっと早い時期でないとダメかな。
まだ冷蔵庫にありますが食べたいと思えない。(^^;)


「食べられる雑草」は今ブームのようですが、本を読んでると「新芽をゆでてあく抜きすれば食べられる」というパターンが多い。山菜か薬味程度と考えた方がよさそう。というか、植物の「食われてたまるか」という心意気を感じます。むしろ普通に売ってる野菜が「不自然にアクのない改良植物」だったのね、と今さらながら納得です。

でも個人的に山菜は苦手なので、どうも食指が動きません。だいたい「何の草か見分ける」には花が咲いたりしないとわからないので、新芽のうちに見つけるというのはけっこうハードル高いです。

それでも一目でわかるのはドクダミ。これは旬が花の咲いてる時期らしい。畑ではなく庭っぽくしているエリアに大量にあります。


モミジの足元に広がるドクダミ。これはこれできれいだけど、
植えていたクリスマスローズが負けて消えてしまった…(涙)


有名なドクダミ茶にしてみたいのですが、やっても自分が飲むかどうか自信がない(笑)。名前の毒々しさもちょっと敬遠させるものがあるしなー。草取り中など臭いと思ったことはないのですが、もっと清々しい名前だったらいいのに。毒をやっつけるからこういう名前らしいのだけど、むしろ毒があるように聞こえてしまう。(学名は Houttuynia cordata。どう読む?ホッタイニア・コルダータ?)というわけで、第一弾の草刈り分は廃棄になりました。別のエリアのを刈る時に利用したいモードになってるといいけれど。


すでに庭仕事ができるのは早朝くらい、という気温に突入してしまったので、これも悩みの種。(今日なんかはうすら寒いくらいですが、先週は暑かった!)このアサメシマエ時間は唯一の自由時間なので、自分のなかで時間のとりあいになってしまう。今も朝の4時台なんですけど、この時間が一番落ち着きます。とはいえ、この時間から明るいおかげで外の作業もできるわけで。寒かった頃を思えば楽な季節とも言えるはず。なんだけど、もう寒い頃のことなんて思い出せなくて、ありがたみを感じにくいです。(笑)


やってたことを思い出す

4月に母が足首を骨折したので、ここ2カ月ほどは完全にサポート生活でした。ようやく少し歩きまわれるようになり、本人も前向きになってきて、自分も自分の時間を少しずつ取り戻しつつあります。歩行訓練の散歩にも付き添うので安静にしていた頃より自分の体力は持ってかれますが、嬉しいです。

で、さて、その前にやってた作業ってなんだっけ——とノートを見ると、あの頃の未来kindle化の途中でした。扉ページの画像センター寄せやncx目次がうまくいかない問題に取り組んでいたのでした。

久しぶりにKDPのページにアクセスしたら、ペーパーバックで使える用紙が増えたとのことで、いつまのに! そちらも調べなくては。今後kindleとペーパーバックを両方出してみたい、というのもあるので。1日30分でもいいから、こっち方面の作業に時間を使うルーティンを作りたいなあ……。


それはそうと、庭仕事に気分を出そうとヘッセの『庭仕事の愉しみ』を買ってみました。以前図書館で借りた時はイマイチ入り込めなかったんですが、なぜか今回はそこそこ読めて手元に欲しくなったので。開墾に戻ってしまうと「愉しみ」なんて境地は遠のいた感じがしますが。そうそう、庭を好みの通りにするには12年はかかる、とターシャ・テューダーさんが言ってましたっけ。うーん、剪定は好きなんだけど草取りはきらいなんですよねえ……(笑)。剪定は「ゼロをプラスにする」(見た目を美しく作り込む)感じで、生け花に近い楽しさがあるんです。草取りは「マイナスをゼロに戻す」(きたないものを除く)感じで。美しくなるといえばなるんですけど掃除に近い。体がきつい作業であるのも自分に不評の原因かも。うーん、体力ほしいなー。(これだけ体を動かせば体力作りになってもいいと思うんですが、単にバテるだけなのはなぜ☆)

ちまちま進めてきた庭づくり(?)、ひと夏放置で巻き戻ったからこれから12年かなー……と遠い目になっとります。いやいや、庭はプロセス、プロセス! …他の方面にも言えることだなあ、なんて思ったりします。

2026/01/16

久米宏さんの訃報と、生成AIに思うこと

先日久米宏さんの訃報を見て、自分でも不思議なくらいショックでした。今もじわじわと喪失感が増してきています。特にファンではなくても、目や耳に馴染んだ方がいなくなると受け入れるのが難しい。「いて当たり前」だった有名人さんが亡くなるたびに、「自分が知っている世界」の構成要素が欠けていく感覚です。最近の訃報にはそういう体験を伴うことが多くて。世代が変わるとはこういうことなんでしょうね。

(そうそう、『徹子の部屋』が追悼特集を放映したそうなんですが、たまたま母の薬をいただきに外出していて見られませんでした。なぜか見逃し配信には出ていません。なぜだろう? 残念でなりません😿)


久米さんは、自分にとっては圧倒的に『ザ・ベストテン』の印象。なので、黒柳徹子さんとのコンビの「けたたましくて早口で楽しくてちょっと人を食った感じ(笑)」が懐かしくなりました。そこでYouTubeあたりに昔の録画を上げている方がいないかな、と探してみたんですが……意外にもドンピシャなのは無くて、これもショックでした。ああ、こういうものなのかぁ……。


代わりにいくつも出てきて辟易したのが、いわゆる便乗動画。対象に思い入れがあって作られた動画であれば(ファン同人誌と似た感覚で)楽しめることもあるのですが、最近は大手報道サイトの画像を無断流用してAI音声を乗せただけ、みたいなえげつないのが多いですね。こういうのが野放しって問題ありすぎだし気持ち悪い。今回も繰り返し出てくるのが目障りで、悲しみがいつのまにか憤りになってしまいました。


ちょいと横道ですが、一般向けの生成AIが出てきてから(意図的なフェイクを別にしても)「情報の劣化コピー」が大量に出回るようになり、ネットのヘビーユーザーではない(つもりの)自分でも情報全体の質の平均値がガクンと下がったのを感じます。以前からこの傾向はありましたが、加速がついた感じで。ネットで調べ物をするとノイズが多くて、的を射たものにたどり着くには手間がかかるようなりました。切実に困ってます。自分が機械に対して求めるのは正確さなので、生成AIに流暢な言い回しで嘘八百を並べられても迷惑なだけですし。

…AI一般ではなく「生成AI」に限ると、いったいなんのためのAIなのか、とタメイキが出るケースも多いです。むろん提供している企業の利益のためでしょうが、生成AI自体が問題というより、今回言ってるケースで言えば、それを元に「利用者が収益化できますよ」という流れが悪いほうに作用している気がします。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」とばかりにコンテンツ(というかノイズ)が増産され、とにかくクリックされれば(あるいは動画を再生されれば)いいという風潮が、一般人にまで蔓延してしまいました。資源と時間の無駄遣いは虚しくもあり、腹立たしくもあり。こうなると「収益化」って言葉自体が、今の世の中にかけられた呪いの象徴にも見えてきたりして。


こういう現状に対して、久米さんならどうコメントするかな……などとクリシェなことも思いつつ、まともなYouTube動画を一つ貼らせていただきます。テレ朝ニュース公式さんの追悼動画。ニュースステーション最終回の「最後の挨拶」です。

「国民を戦争に向かってミスリードしたという過去が、
民間放送にはありません。
これからもそういうことがないことを祈っております」

という言葉が、今とても重く感じられます。ご冥福をお祈りいたします。




☆追記☆

上記を確認しに行ったら、『ザ・ベストテン』の録画動画が新規に上がっていたので貼らせていただきます。そうそう、この感じ!懐かしか~!こういうのが見たかったんですよ!(内容の一部は今見るとちょっと引きますけど(笑))

上げてくださった方ありがとうございます。おうちに秘蔵している方々、ぜひ上げてください~☆



2025/12/26

ささやかな「自分にクリスマスプレゼント」

1日遅れですが、メリークリスマスでございます!

今年は体調不良のためいろいろ変則的というか、あまりクリスマスらしいことはしていません。そんな中、自分にささやかなプレゼントをしました。ロバート・ヘンライ著『アート・スピリット』。原著は100年くらい前の本で、教え子の画学生に向けた手紙やアドバイスを集めたものです。でも、もっと広い意味で「激励される」本だと思います。

本体のシンプルなデザインと色(と、感触)が素敵なので、カバーを外して読んでいます。表紙に "Paint what you feel. Paint what you see. Paint what is real to you." と印刷されています。


セルフ・クリスマスプレゼントを記念撮影。
カップは先日BOOTHで作った「青い紅玉」マグ。
自分用に注文しました。新しい机上の友です。(^^)


本を知ったきっかけは忘れましたが、デビッド・リンチの本で言及していたらしいので、そこかもしれません。図書館で借りて手元にほしくなり、金欠の折から、ためたポイントを駆使して500円ほどで古書をゲットしました☆


入手した時の記念撮影。右がカバーです。


ひとつ引用しましょう。(読みやすさのために改行を加えます)


できるかぎり、
自分が本当は何を好むのかを見つけるべきである。
自分にとって何がいちばん大事かを見定めよう。
それから、自分の歌をうたおう。
きみにはうたうべきなにかがあるはずだ。
きみの心は歌であふれるだろう。

語りたいことが身のうちにあふれているのに、
言葉の使い方がわからない。
そうなって初めて、その言葉を習得すればいいのだ。

批評家のいうことをあまりまともに受け止めないこと。
芸術鑑賞は、愛と同じで、代用がきかない。
それは、とても私的な行為であり、一人ひとりに必要なことなのだ。

(『アート・スピリット』P.136 ロバート・ヘンライ著/野中邦子訳)


「自分が本当は何を好むのか」は、神田の古本まつりに行った時にすこし取り戻した感覚でした。でもその後体調不良が戻り暗中模索していたところで、まさに救いを感じました。根本的に芸術活動は(上記の通り鑑賞も含めて)一人で行うものなので、後方支援をしてくれる言葉はとても貴重で大切です。

この本はこういう心の支えになる言葉にあふれていて、あっというまに付箋だらけになってしまいます。原著のkindle版も廉価で手に入ります。でも翻訳が見事で心に響くので、並べて読むと翻訳の勉強になりそうです。

読了しておしまいではなく、それこそキリスト教圏の聖書のように(?)、手元に置いて折々にパッと開いたところを読む、みたいな付き合い方をしたい本です。


+個人的なお祝い

昨日は体調面でも一区切りで、じつは脳のMRI検査を受けまして、異常なしとの結果をいただいたところです。先月救急車のお世話になってしまいまして(ひどい頭痛と吐き気、めまいと指のつっぱりなど――あとから指の症状は過呼吸のためだったとわかりました)、そのときCTで異常はなかったのですが、念のためMRI検査をすすめますと言われ、それが昨日でした。一ヶ月も経ってるのでもう頭痛発作は収まってるし、十中八九なにもないとは思っていましたが、やはり安心しました。


帰りはお祝い気分で、ちょうどクリスマスでもあり、ちょっと奮発して横浜駅近くのルノアールでランチ。この近辺では貴重な「落ち着ける雰囲気」が好きなのですが、飲み物の価格帯が高いので(^^;)、年に一度行くかいかないかくらいです。

▶ルノアール公式サイト。実際の照明は掲載写真より薄暗くて、落ち着いた雰囲気です)


ルノアールのミックスサンドとアメリカン。

今回はお祝いでレトロプリンも追加。食べ過ぎで苦しくなりましたが(笑)、持参していたレトロ本を読んだりして、贅沢な時間を味わいました。

持参してた本は古書でジョン・ブラックバーン著『小人たちがこわいので』。昔ピーター・カッシングとクリストファー・リーが共演した『デビルナイト』の原作と同じシリーズで、彼らのキャラが活躍するので…名前がビミョーに違いますが萌えます♡(ただ、映画の原作"Nothing but the Night" は未邦訳なので、仕方なく原語kindle版を時々ノロノロと読んでいます(^^;))


レトロプリン♡横にちょっぴり見切れてるのが
文庫本『小人たちがこわいので』。

帰ってから家のクリスマスディナーをやろうと思っていたのですが、作るつもりだったリュウジさんの「やけくそパエリア」のYouTube動画を見直したりしているうちに時間が足りなくなり、外出の疲れもあったので、1日ずらすことにしました。なので、今日がうちのクリスマスディナーです。今年はクリスマスが平日で週末にずらす方も多いと聞くので、その一人になりますね。今回は節約・手間抜きバージョンで、ケーキではなくサバラン風のデザートを用意する予定です。


ふと昨年の日記を見返したら、11月頃は押し入れの板貼りや塗装をしていました。年末にはクリスマスケーキや手作りおせちまでやっていたりして。「すげえ、よくやったなあ!」と、なんだか別人を見る思い(笑)。今年は体調が許す範囲のことしかできず、結果的に本を読む時間が増えています。図書館の本を「読了して」返す、という体験が増えました。以前は少なかったのですが。


例年使いまわしているリースの土台。
22日にようやく出しましたが葉っぱをつけられず、
結局自室のデスク前の壁にかけました。
これはこれで雰囲気を楽しんでいます。


そうそう、市立図書館に萩尾望都先生の漫画がけっこうたくさん所蔵されているのを知り、未読だった『バルバラ異界』を読了しました。(やはり萩尾先生のSF系作品は別格で好きだなあ…♥)

なかなか新しいものを生み出せない現状に焦りを感じつつも、今はこんなふうに時間を過ごせること自体が幸運なのだ、と思う今年のクリスマスです。

2025/11/08

生き返った午後:神田古本まつり2025

「自分が自分に戻れる場所」(大げさでなく)


今年は見送ろうと思っていた古本まつり、11/2に衝動的に行ってきました。じつはここのところ心身の疲労がたまってぐったりしてるので、歩き回る体力はないかも、と不安だったんです。でも(後述しますが最寄駅から乗り換えなしで行けるようになったので)、体を引きずるようにして電車に飛び乗り、たどり着いて本の背表紙を眺めながらフラフラと歩くうちに、だんだん体が軽くなって、帰宅時には疲労感がすっかり消えていました不思議です。でも本当に行ってよかった!



古本まつりは何度も行っていますが、こんなに「ものすごい勢いでナニかを吸収する感覚」を覚えたのは初めてです。まるで干からびた吸血鬼が輸血でもされたよう(笑)地元にまともな書店がなくなってしまい、夏の間は酷暑のせいもあって、日常の行動範囲が家と駅前への買い出しだけ、遠出は母の通院の付添くらい……だったので、精神的にカラカラになっていたのでしょう。

本を買うのが目的というより、あの雰囲気を味わい、あの空気を吸いたかった。何度か店内でマスクをずらして「本物の古本屋さんの匂い」を思い切り吸い込みました。でも後半は本のタイトルを眺めて自然にニコニコしてしまうようになり、恥ずかしくてマスクは外せませんでした。(笑)

 

外装・内装も魅力的でいつも目の保養な一誠堂さん。
入口上に素敵なステンドグラスがあるのに気付いて撮らせていただきました。
このデザインの窓用ステッカーがあったら買うわ~。


今は興奮も落ち着いてしまったけれど、魔法はすこし残っています。あれだけ大量の「本好きの人たちの波の中」で感じた、むしろ守られているような安心感自分を知る人が誰もいない、完全な匿名性のなかで、しかも自意識から離れ、同時に「自分が自分でいられる」体験。これ以上の癒やしはないかもしれません。

掘り出し物たち

さて、今回の収穫はこちらの3冊でした。

 

 

真ん中のは傷みが激しいので
帰ってすぐに透明カバーをかけました。
(右のはもともとカバーが付いてましたがかけ替えました)
すでに読みさしなので付箋つきで失礼します☆

 

歩道沿いの出店ワゴンで目についた『映画について』[ジャン・コクトー]と『神よりの逃走』[マックス・ピカート](各500円)、長島書店さん(▶公式サイト)の店内で見つけた『郡寅彦 英文戯曲翻訳全集』(1320円)。しめて2320円でした。

 

ジャン・コクトー『映画について』

コクトーさんは映画から入って、エッセイ・書簡集・日記が好きになり、長年の偏ったファン(?)です(なぜか小説には魅力を感じないので「偏った」です)。今回の『映画について』は、ぺらっと見た時にジェラール・フィリップについて書いた文章があって、ちょっとデジャヴはあったものの「たぶん持ってないなー…」…と、そのまま衝動買いしました。(そういえば、今月・来月はジェラールの命日とお誕生日が続きますね)。

家にコクトー全集の「映画その他」の巻があるので、ひょっとして内容が重複…? と、正直一抹の不安もありました。でも帰宅して冒頭を読んだら、未収録の文章ばかりを集めたものとのことでひと安心。(アマゾンのレビュアーさんが詳しく書いてくださっています)調べたら市内の図書館にあったので、デジャヴは昔借りて忘れてるせいかもしれません。とにかく秋の読書にうってつけの一冊が手に入りました。(内容忘れてるなら新刊と同じだし!(^^))

 

マックス・ピカート『神よりの逃走』

ワゴンで買ったもう一冊、『神よりの逃走』は、タイトルでなんとなく手に取り、拾い読みしたら惹かれるものがあったので。著者にも見覚えが――よく古書店で『沈黙の世界』っていう著書に出会ってたヒトでした。クストー(海洋探検家)の同名のドキュメンタリー映画が好きなので、タイトルから「てっきり海底探検の話かと思って中を見たらぜんぜん違った」という失望の記憶がそのまま第一印象になってます(笑)。しかも同じPicardという綴り(スタトレ艦長のジャン・リュックも一緒❤)で「ピカール」という、やはり海洋系の研究者がいた記憶もあって……いろいろ誤解の思い出しかない著者さんでした。

今回買った『神よりの逃走』は帰りの電車で読み始めたのですが、久しぶりの没入体験で気持ちよかったです。邦訳の出版は1963年ですが、タイトルから想像したような「神という概念から逃れよう」というのではなく、すでに世界が(神からの)逃走の構造物でしかない、という切り口。哲学的な考察なのでしょうが、長い散文詩のようです。自分は宗教的な信仰体験がないので、たぶん著者と同じ視点に立つことはできませんが、書かれ方が抽象的な分、現在の自分が見ている状況にも読み替えることができる内容(少なくとも読んだ冒頭では)でした。

ネットに翻弄される現在の社会や個人の生活を重ねて「うんうん、そうなのよね」と読んでいます。でも意味をとるのに時間がかかり、うまく解釈できないところもあります。でも深みがあるのは伝わってくるので、解釈しようとがんばると自然に自分の心の奥底にも届くのが気持ちいい。(英語版のレビューに「瞑想効果があると書いてる方がいて、まさにそんな感じです。うまいこと言うなあ!(^^))

今時の「タイパ」の価値観とは真逆の本。こういう本とじっくり時間をかけて付き合うのは、今ではとても贅沢なことですね。


郡虎彦『郡虎彦 英文戯曲翻訳全集』

郡虎彦(こおり・とらひこ)は、つい最近知った著者です。中に『サウルとダビデ』という作品があって、サウル王について深掘りリサーチしていた中で見つけました。郡は1890年生まれの詩人・作家で、イギリスに渡って英語で書いた戯曲が高く評価され、34歳で早世したそうです。この本はその英語で書かれた戯曲を翻訳してまとめたもので、日本語で作品が読める本はこれだけのようです。(正確にはkindleで『道成寺』という日本語戯曲が無料配信されているので、なりゆきで落としてあります。冒頭を読んだだけでしたが、これも今回買った本に「資料」として収録されていました)

アマゾンには新品もあるのですが、少部数なのか定価でも5500円で、新品があるのに出品されてる古書はさらに高いという謎すぎる状況……とにかく私にはとても手が出ませんので、「図書館でいつか借りたい本」のリストに入れていました。

今回はこれを意識して探していたわけではなく、別の『トロイの癒やし』という戯曲(アイルランドの詩人シェイマス・ヒーニーの作品。以前図書館で借り、最近思い出して再読したいフェーズ)がお手頃価格であったらほしいなーとボンヤリ思っていて、イギリスの演劇関連書が並んでいるあたりを眺めていて見つけました。郡寅彦について知らなければ、「なぜこの棚に日本人の名前を冠した戯曲集が?」と不思議に思いつつもスルーしたことでしょう。今回は自分にも手が届く価格で本当にラッキーでした。一瞬「呼ばれた?」と頭が真っ白になったくらい(笑)。まだきちんと読めていないので、中身も(自分にとって)「ずっと手元に置きたい」ものだといいなー、と祈っています。


「自分は何を好むのか」を見失わないように

結局薄暗くなるまで粘ってひととおり回りきり、提灯に灯がともった風景をしみじみと眺めました。まさに「お祭の夜店」ですね。

 

夕刻の古本まつり。昼間とはまた少し違った風情です。

そうそう、噂には聞いていましたが、行くたびに外国人観光客さんが増えているのを実感します。観光として楽しんでいらっしゃるのが見て取れる方もいれば、周りに溶け込んで「本を漁っている」方も。見た目ではっきり海外出身とわかる方が、日本語の本を真剣に選んでいる……そんな光景を見て、なんだか嬉しくなりました。本好きさんはどこの方でも似通った雰囲気があるんですね。(^^)


 …以前にも書きましたが、最寄り駅のある相鉄線が相互乗り入れで都内につながり、神保町へは乗り換えなしで行けるようになりました。運賃は元の横浜経由ルートより少し高いですが、横浜駅や東横線の混雑ストレスを考えると「接続してくれてありがとう!」の一言です。今回は行きも帰りもずっと座れて、なんだか不思議なくらいラッキー続きの午後でした。行く前に最寄り駅近くでサンドイッチとコーヒーを詰め込んだので、あちらでは飲食店には寄らずに歩きどおし。でも生き返りました。ほんとに!

 

自分の好きなもの・好きなことが、以前よりはっきり意識できるようになったのが何よりの収穫。そして、それらと切り離された生活を続けると健康を損なうのだな、と改めてわかったのも。

ただ、魔法は長くは続かないので、日常の雑事の中でぐったり感が戻ってきています。(^^;) 生活を改善しなくては。でもこれはある意味バロメーターなんですね。思えばこの葛藤もありふれたものでしょう。自分も「その一人」なんだな、と実感します。

方向を見失わないように、忘れても思い出せるように。やはり時々行きたい街です。神保町。

2025/10/10

ニュースてんこもりの日/ガザ撤退・自公離婚・石破首相戦後80年所感

大きなニュースが多い一日。BBCサイトを覗いたら、イスラエル軍がガザから撤退し始めたというニュース。この報道はやはり日本メディアより早かった。ドナルド・トランプは好かないけど、具体的な成果が出ているのならよかったと思う。良い方に行きますように。


そして日本のメディアは自公「離婚」のニュースでもちきり。自分も所用から帰宅後テレビに張りついてしまった。公明党も個人的には好かないのだけど(※事情は後ほど)、今回ばかりは「よくやった!」と痛快。代表の人も腰巾着をやめたせいか(?)スッキリした表情に見えた。前日までは「今日退院しました」みたいな顔だったけど、「離婚」報告会見では「退院から1か月後」みたいな感じ。解説聞いてみるとそりゃー長年ストレスたまっただろうね、と思う。

※↓いちおう書きますが余談です☆
公明党の個人的な印象が良くない理由:昔、会社の上司が創価学会員だと噂に聞いていました。在職中は何もなかったけれど、自分が退職した後に公明党の人が訪ねてきて、その元上司経由で協力リストに入れられていたことが判明。聞いてないと拒否しました。その後当の元上司から電話が来たので(これも選挙ポスターを貼らせてくれないかという主旨)、訪問があったことを抗議し、そういうリストからは消してくれと伝えました。先方からは「そんなことになっているとは知らなかった。やめさせます」と謝罪されたけど、黙って住所・氏名を流されたこと自体が気持ち悪く、「なめられたもんだな」と腹立たしく感じました。他では有能で尊敬できる人だっただけに残念な思い出。もう20年以上前のことなので、今では個人情報をそんなふうには扱っていない…といいな、と思います☆


テレビでは結婚の比喩で語られてるけれど、ほんとに夫婦の熟年離婚の構図そのもので、古い意味での「漫画みたい」。改める改めるとずっと言い逃れていた亭主に「あなたはそればっかり!もう限界だわ」と三行半を突き付けた感じ。去られたほうが「突然一方的に言われて、こっちのほうが被害者だ」っぽく言ってるのもまさにワカッテナイ亭主の言いぐさ。まるで安手の脚本があるみたい。


自民党の総裁選が、自分も含めて大方の予想を裏切った結果になった時はなんだか白けてしまったけど、かえって野党も動きが出てきて気まぐれニュースウォッチャーとしては「面白くなってきやがった♪」(わかる方だけわかってください(笑))という感じ。


このニュースが大きすぎて、石破さんの戦後80年所感(個人的な、というニュアンスで「談話」とは異なるらしい)の扱いが少ない。全体を見損ねたので、ノーカット動画と所感全文リンクを記録しておく。(とりあえず検索でテキトーに見つけたのでソースはバラバラ。これからきちんと見てみます)

この人の言うことはちゃんと理解できる。もう少し続けてほしかった。でも今後もできることはあると思うし、自分たちに投げかけられたものがたくさんある。




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