ソ連の独裁者スターリンの死後、側近たちが演じた権力闘争をブラックコメディ的に描いた作品で、原作はグラフィック・ノベル。ロシアでは上映禁止になったとのことです。
…ということで、ある意味期待が高まって心待ちにしていたんですが……ごめんなさい、残念ながら個人的な満足度はいまいちでした。期待しすぎたのもあるかと思いますが、前半と後半でトーンの違いがあって……後半の容赦ない描写はテーマなんだろうな、とも思うんですけど、自分が期待したものとは違ったなー、というのが正直なところです。
期待というのは……映画通さんたちに人気がありそうなスティーブ・ブシェミ、そしてモンティ・パイソンのマイケル・ペイリンなど出ていて、予告編のトーンもコメディ的だったので、かなり徹底的にしゃれのめしたコメディを期待してしまったんですよね。(あ、自分は特にパイソンファンではなく、「知らなくはない」という程度です。そんな目線で書いてますので念のため☆)
たとえるなら、『アイアン・スカイ』的な方向を期待してました。(「ナチスが月から攻めてきた!」の傑作コメディ。こちらにちらっと感想を書いております)なので、後半笑えないトーンになっていくところでちょっと戸惑いました。あくまで強調した風刺であり、ブラックではあるけどコメディとして盛り上げてるわけではないんですよね。そのへんの比重に、事前のイメージと実際の作品でズレがありました。
でもこういう場合、「なぜ満足できなかったのか」「どうすればより(自分が)満足のいくものになったか」を勝手に考えるのが楽しみの一つ(笑)です。今回はこの後半のさじ加減というか、同じ展開でもトーンをもう少しなんとかできなかったかなあ、と。前半のスターリンの死を描くトーンと、後半のベリヤ(完全な悪役)の失脚を描くときのトーンがまるで違うので、見ている方は冷や水を浴びせられた感じでした。それ自体が狙いであれば成功なのでしょうし、すんなり見せるためにベリヤの悪辣ぶりも強調してあった(同情する余地がないキャラとして描いておいた)のだと思いますが……うーん。もちろんそういう演出のトーンの転調が「おおっ!」というプラスの疾走感や満足度につながる場合もあるんですが、今回は自分にはそう感じられなかったのでした。
思えば前半の笑えるシーンも、ばかばかしいけどナンセンスにまではいかないさじ加減なんです。でも会議の「全員一致」のシーンなんかギャグとして秀逸でした。会社やなんかでも通じることなので、ここではかなり笑いが起こってました。ただ、権力闘争や腹の探り合いをばかばかしくコミカルに描く一方で、行われたことの残忍性・卑劣性をそこそこシリアスに描くというのが……どうも両方中途半端という印象につながりました。どう受け取ったらいいか見ていて戸惑うんです。風刺を感じると言うより表面的におちょくっただけの印象で、おちょくりの浅さ(?)に対して、史実の受け入れがたい面の重みがありすぎました。
実録風のナレーションが乗るラストも、ちょっと違和感があったところです。後述のとおり史実とは違う点があるので。もし、次の権力者になるブレジネフらしき人物が映るあたりで、「繰り返される権力闘争」の皮肉を強調したら……たとえばフルシチョフが「調子に乗っている」描写など入れてもう一度トーンを上げておいて、大きな転落を想像させてくれたら……もう少し「そういうことなのね」と着地しやすかったんではないかしらん。(あのフルシチョフ、滑稽なシーンはほぼキャラが意識してやってるところで、実は慎重でそつがないキャラになってるんですよね。これも自分が持っていた激しやすいフルシチョフのイメージとは違うんですけど、こういう一面もあったのかな……)
ロシアの歴史は詳しくないのですが、『キャッチ世界のトップニュース』で紹介されたとき藤原帰一さんが解説していて、たしかベリヤの死のタイミングは史実とは違うとおっしゃっていたと思います。他にもいろいろ相違点はあるようです。でももちろんそれが批判されていたわけではなく、こういうことは歴史を扱う劇映画ではほとんど必然的なことです。劇映画はドキュメンタリーではなく、今回は権力闘争を戯画化して強調する「脚色」として充分ありだと思います。そのうえで、うまく着地してない印象は、史実とのズレからではなく「映画として」感じたものでした。単純にまとまりが悪いというか。
ああいうトーンならば……うーん、姑息な手段ですが、「観客の視点」を担う役の目で全編通して見るとか? なんらかの「額縁」になる構造を作ってしまうと受け入れやすくなったんじゃないかなー、なんてことも思いました。観客と視点を共有しやすそうなキャラ(たとえば冒頭とラストのラジオディレクターやピアニスト)はいたし、たとえばトップが変わっても観察し続けられるようなキャラを配置して、ときどきその目線を利用するとか、狂言回し的なものがあると座りがよかったんではないかなーと。ありがちといえばありがちな処理になっちゃいますが。あとはやっぱり、「もっと深いおちょくり/風刺」に踏み込むとか。
オルガ・キュリレンコが演じた美人ピアニストは、使い方がアレだけってのはもったいないなあ……というか、冒頭の行動を見るとその後の扱いが肩すかしな感じがしました。なにか間違ってカットしちゃったんでは? と思うくらい。(笑)あ、でもミーハーとしては、悪役のベリヤとジューコフ元帥役の俳優さんがすごく「いい面構え」だったことは書いておきます! 俳優さんといえば、冒頭のシーンには『SHERLOCK』でウィギンズをやってた俳優さん(だと思う)も出てましたね♥
あと、史実にアレンジはあるとはいえ、苦手だったソ連の人物が多少把握しやすくなったので、大好きなE.H.カーせんせのロシア本なんかも挑戦したいなあ、なんてことも思いました。(ノリが軽くてすみません!)
「細いヒトラー」
さてさて、そんなわけで全体としては残念でしたが、眼目の(笑)ジョナサン・アリスさんは出番が数シーンあって、わりと堪能できました♥ フルシチョフ(ブシェミ)の下で葬儀のアレコレを仕切る役で、マレンコフの写真の修正具合なんかも関わってたので、葬儀屋さんではなく政府の一般向け広報世話役みたいな感じでしょうか。以前役名の「Mezhnikov」で検索しても見つからなかったのですが、実在した人なんでしょうかねえ……。クレジットではその名前ですけど、劇中ではフルシチョフから「細いヒトラー」呼ばわりされただけ。(笑)よく見えなかったけどヒゲがそれっぽいのかな? (一瞬ですがこう言われて「心外」な顔をするカットおいしいです♥)葬儀の準備シーンはもちろん、一般参列者の誘導もするので、葬儀シーンは目を皿にしてました。この葬儀場のシークエンス、重くブラックな要素はほとんどないため、皮肉なことに(?)映画の中では一番純粋に笑えました。アリスさんも印象的なコメディリリーフになっていて、声もたくさん聞けましたし、私にはオアシスでございました。(笑)残念なのは字幕を目で追ってたためにじっくりお姿を見られなかったこと。DVDが出たらガン見します!
アリスさんのこれからの作品
もう一つのアリスさん出演作『チャーチル ノルマンディーの決断』は、ところによってはもう今週末に公開なんですが、地元神奈川は10月です。(泣)これもUKアマゾンのDVDレビューとか予告編とか、目に入れてしまった限りのところでは史実のチャーチルのイメージとキャラがだいぶ違うようで。評価も見た限りではイマイチなのですが……。でもアリスさんが出るならやはり見たいです。たしか空軍大将のトラフォード・リー・マロリー役のはず。出番がどれほどかはわかりませんが、軍服姿が拝めるとしたらめったにない貴重映像ですし。チャーチル役も大好きなブライアン・コックスなので♥ ゲイリー・オールドマン版チャーチルとの差別化なのか便乗なのか、「特殊メイク無し」が強調されてたりして、なんか妙に応援したい気分にもなります。(笑)お誕生日判明
…今、久しぶりに英語版Wikipediaのアリスさんのページを見てたんですが、これまで1971年としか公表されていなかった生年月日が1971/1/24と日付つきで出てますね! いつのまに! 日本語版WikiやIMDbなどでは謎でした。ガセでないとしたらお誕生日がわかったことになるので、なんか嬉しいです❤(たぶん自分は今回初めて知ったと思うんですが、もし以前同じことで喜んで書いてて忘れてるだけだったらごめんなさい。アップのインターバルが長くなっちゃってるもので(^^;))私的なシンクロ
…あとは超個人的な感慨です。アリスさんの出演作、この方をモデルに小説で書いたイアンというキャラクターの設定とゆるくつながる作品がなぜか続いていまして、妙な偶然をなんだか嬉しく感じております。(おおざっぱですが、二十世紀前半のヨーロッパを専門領域にしている元歴史研究者・現在フリーライターで、チャーチルには詳しいという設定なのです。シンクロはこのどんぶり勘定ゆえかもですが(笑)、ファンはこういうことで盛り上がってしまうものなんでございます!)ちょっと前にIMDbに現れた次の作品も、別の自作とご縁を感じるものだったので驚きました。
"Radioactive"というタイトルで、ラジウムを発見したキュリー夫妻のお話らしいんですが……先々月あたりまで改稿していた『交霊航路(仮)』で、もともと織り込んでいたキュリー夫妻のエピソードをかなり増量していたんです。ちょうどその「増量した部分」に含まれるエピソードがテーマになってるようなので……ホントに超超超個人的なことですが、一瞬ポカンとしたくらいびっくりしました。その作品は今ポストプロダクションということで、アリスさんをまた見られるのが楽しみであります。出番多いといいな❤
(改稿はイアンの新作のためにペンディング中ですが、キュリー映画を目にする前に終わらせておきたいです……!)