自分が目にした限りでは、ご本人が初めて『あなたの人生の物語』の映画化について触れているインタビューでもあり、新情報は少ないながら(だからこその工夫で?)場の雰囲気が伝わってくるいい記事でした。
ソースはこちら。写真も撮り方が素敵です。
(I don't own the rights to this article. All rights belong to the website above.
Just as a fan, I translated this beautiful article into Japanese.)
…この手のネット記事の私的翻訳、洋画系では時々読ませて頂いてるのですが、自分がする段になると毎度悩みます。商用サイトではないので、ファン活動の一環として載せますが、なにか問題がありましたら削除しますね。(^^;)
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完全主義者
テッド・チャンのサイエンス・フィクションはたくさんの賞を獲得する。発表した時には。だがその機会は少ない。だから、彼が今「なぜもっとたくさん書かないのか」という質問について熟考しているのは、いかにも似つかわしいことかもしれない。実際、25年にわたるキャリアのなかで、彼が発表してきたのはたった14の短編――平均すれば2年に1作だ。
「物語に仕立てられるようなアイデアを、たくさんは思いつかないんだ」彼はやわらかく微笑みながらやっと説明する。47歳で、チャンはまだしわのない、20代かそこらに見える顔をしている。見た目に実際の年齢を示すのは、束ねた黒い髪にある灰色の筋だけだ。さらに10秒が沈黙のうちに過ぎる。外では弱まりゆく秋の日が、景色の陰影をますますぼやけさせる。「書くことは、僕にとってはとても大変なことなんだ。物語にできるアイデアを思いついたときでも、実際に書くまでには長い時間がかかる」
おそらくあなたの近所の本屋では、彼の唯一の短編集"Stories of Your Life and Others"(邦訳書名『あなたの人生の物語』)を扱っていないだろう。そしてサイバーパンクやバトルスター・ギャラクティカを好む平均的なSFファンには、彼が誰だか見当もつかないかもしれない。だがSF界のメインストリームで無名であるにもかかわらず、チャンはこの20年ほどで、このジャンルで最高の賞を静かに総なめにしてきた。これまでのところ四つのネビュラ賞、四つのヒューゴー賞、一つのシオドア・スタージョン記念賞、そして四つのローカス賞、そしてほかにもたくさん――しかし全作品を集めても、中くらいの厚さの本に収まってしまうだろう。
さらに驚くべきことには、チャンはしゃべる宇宙船や星間戦争といった、いかにもSFという題材には頼ってこなかった。慎重に考え抜き、深くリサーチして寓話を作り上げることによって、それらを獲得することができたのだ。彼の作品は、科学の概念で人間の置かれた状況を照らし出す。たとえば"The Marchant and the Alchemist's Gate"(邦訳タイトル 『商人と錬金術師の門』)では、ノヴィコフの首尾一貫の原則――タイム・トラベラーは過去や未来の出来事を決して変えることはできない――を使い、わたしたちが後悔とどう向き合うかを探る。"Exhalation"(邦訳タイトル『息吹』)は独創的な死についての寓話で、チャンは「エントロピーについての物語」と表現している。それらは面白くて想像力に富んだ物語で、最後の一行まで、読者に自分が賢くなったと感じさせてくれる。
「ときどき、僕の作品を読んだ人にこう言われるんだ。『気に入ったよ。でもこれってほんとのSFじゃないよね?』って」そう彼は言う。「そして僕はいつもこんなふうに感じる。いや、実際は、僕の作品はまさにサイエンス・フィクションなんだって」スターウォーズはこのジャンルを、チャンが言うところの「レーザーでドレスアップした冒険物語」の同義語に永久に変えた。それ以来みんな、サイエンス・フィクションに「サイエンス」という言葉が入っていることに理由があるのを忘れてしまった。SFは知識の限界を探究することが主眼であるはずなんだ、と彼は言う。「ぼくが作品のなかでやってるすべてのこと――思考実験をすること、哲学的な疑問を吟味すること――これらが、サイエンス・フィクションがやってることのすべてなんだ」
彼はロングアイランドで育ち、父はニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の工学教授だった。サイエンス・フィクションに恋をして、15歳で雑誌に投稿を始めた。ブラウン大学に在学中も根気強く作品を執筆したが、一つも採用には至らなかった。増え続ける不採用通知の山にやる気をくじかれ、シアトルに移り、マイクロソフトでテクニカル・ライターの仕事を得たときに、彼は卒業したらフィクションを書くことはきっぱりあきらめようと考えた。しかしSFとファンタジーを対象にした短期間のクラリオン・ライターズ・ワークショップが、彼に書き続けるよう考えを改めさせた。そしてほどなく、彼の粘り強い努力は報われた。1990年、"Omni"が彼の"Tower of Babylon"(邦訳タイトル『バビロンの塔』)を掲載したのだ。それは少なくとも喜ばしいことだった。しかしそれに続いて、最初のネビュラ賞を含む栄光が雪崩のように襲ってくることはまったく予期していなかった。
「シュールな出来事だった」とチャンは言う。そしてオビ=ワン・ケノービ風に、淡いブルーのカーディガンの反対側の袖口に手を突っ込んで、チャン独特の沈黙のなかに沈み込む。「ネビュラ賞を穫ったことが悪いことだとか、穫らなかったらよかったと言うつもりはないんだ。ただ、あれには本当にたまげてしまった」
デビューに続く作品に悩み、彼は数年書けなくなってしまった。90年代のはじめの数年、彼は時々はつつましやかに文章をものしたが、基本的にはマイクロソフトで、プログラマーのためにリファレンス・マテリアルを書く仕事に集中していた。この創作の沈滞をようやく打ち破ったのは、異星人の言語を解読する仕事を任された、ある女性の物語のアイデアだった。我々のものとはまったく違うその言語は、彼女が世界をとらえる知覚をも変えてしまう。
「最初にそのアイデアを思いついたとき、言語学について学ばなきゃいけないだけでなく、頭のなかのストーリーを書くには技術的にも充分じゃないとわかったんだ」それでさらに4年間、彼は言語学を学び、文章を磨き、ストーリーのすべてのディテールを設定した。「これは言っておかなきゃいけないな、このやり方をすべての人に薦めてるわけじゃないからね」彼は笑う。「ただそうなったってだけのこと」
長い熟成の成果は、1998年の"Story of Your Life"(邦訳タイトル『あなたの人生の物語』。短編集表題作)。物理学、自由意志、言語、そして母性についての、圧倒されるような深い洞察に満ちた物語だ。この短編はおもなSF賞を腕いっぱいに獲得することになり、チャンはすぐにある執筆ルーティンに落ち着いた。今の彼は半分の時間をテクニカル・ライティングの仕事にあてている。人にものを説明するのが好きだから、この仕事を楽しんでいると彼は言う。そして残りの半分はフィクションに捧げる―― さらにこのシステムには、ほかの作家が直面する経済的なプレッシャーから彼を解放するメリットもある。そのおかげで、彼は自分が望む場合にだけ、なんでも書きたいものを書くことができる。
発表から20年近くを経て、今『あなたの人生の物語』は、最初の受賞以上にチャンを狼狽させそうな注目を彼にもたらそうとしている。今年の早い時期に、監督のドゥニ・ヴィルヌーヴは、5000万ドルでこの物語の脚色映画を撮影し始めることになっている。主演はエイミー・アダムス。もちろんハリウッドは、山ほどの作家をその作品の映画化で失望させてきた。その中にチャンほど厳格な作家はほとんどいない――彼は自分の作品が望んだようにはでき上がらなかったという理由で、一度ヒューゴー賞を辞退したことがある。やはりどちらかと言えば、彼は今回のゆく末については困惑しているように見える。
「彼らが来る前、僕は『あなたの人生の物語』の映画化なんて、可能性さえ口にしなかったと思う」そうチャンは言う。「僕にとっては何か理屈に合わないことなんだ。だから、もし僕がずっと映画化を夢見ていたとしたらそうだろうほどには、入れ込んではいないんだ」
ふたたび、チャンは沈黙する。10秒が過ぎる。彼は鼻の縁なしめがねを押し上げる。15秒。わたしは彼がなにか深淵な思索に入り込んでいるんじゃないかと思い始める。原作付き映画というものについて、夢について、あるいは物語ることの量子物理学について。20秒。チャンは微笑む。「できあがることを祈るよ」そしてもう一言。「いいものになるように」
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出てきた本・用語リンク
短編集『あなたの人生の物語』
ここがウィネトカなら、きみはジュディ 時間SF傑作選 (『商人と錬金術師の門』収録)
ノヴィコフの首尾一貫の原則(Wikipedia 「親殺しのパラドックス」内)