2015年1月14日水曜日

ぷちクラッシュ明け+いろいろ

…というわけで、ぷちクラッシュいちおう終了。作品は残念ながら完了とはなりませんでした…というか、資料を読んでたらどんどん横に広がってしまい、空中分解というか、二つの別のプロジェクトができてしまいました。(^^;)でもやっぱり、こういう時間をとったのはよかったです。漫然と過ごしていたら、このネタも生まれることはありませんでした。すごくいい資料も見つかったので、少し長めに書き直してJ庭あたりにでも出せたらいいなあ、と思います。

最初は、今日(もう昨日か)締め切りの創元SF短編賞への応募を視野にいれていたんです。そこでなくとも、とにかく商業媒体への小説の投稿というのをやってみようと。(今年はとにかくオリジナルを書きたいので、具体的な目標・外的締め切りがあったほうが励みになると思ったんです。というか、むしろそういう外的な締め切りがないと書けないかも、みたいな弱気でした(^^;))で、創元さんはもう間に合わないな、と思った時点で他をいろいろ調べてみて、自分のやりたい方向の作品て、公式に募集している枠自体がない!というのを改めて思い知りました。いやはや。(^^;)

…今回に関しては、SFというより、藤子F先生がおっしゃっていた「S (少し) F (不思議)」というゆるい感じでネタを作りました。その「SF」には科学ネタだけでなく、オカルト系とか超能力とかUFOとか古代史とか、自分がそそられる「レトロな不思議」も全部ひっくるめちゃってるんですけど……これは「広義」ならたぶんSF系でしょうけど、ハードSFを基準にしたらSFとは別物です。ファンタジーというのもちと違う。…そしてそこにJUNE感覚が「自然に」同居してるんです。なんて言うんだろう、こういうの。しかも理想が「同性愛者が出てきてもへテロの男性も読めるような、一般映画の表現の範囲」。こうなると、商業さんのSF募集枠にもBL募集枠にも無理があります。

たとえば商業ジャンルとしてのBLは、官能シーンを提供するものという定義になってるみたいですから、自分の理想のさじ加減だとぶっちゃけ「金返せ」になっちゃうと思います。(自分は同人誌では18禁も書いてますから、別にカマトトぶってるわけではないです(笑)。ただ、ヘテロの夫婦やカップルが出てくる作品で、「すべて一様にベッドシーン必須」なんて思わないですよね?それとおんなじ感覚なんです。自然にJUNE系設定が出てくるのは、単純に男性同士のほうが書くのも読むのも楽しいから(笑))

第一……これは今回、BLを募集しているところをきちんと見回って初めて知ったんですけど……募集要項にSF等は不可、と最初から断り書きがあるところも多いんですね。SF的な設定なんて今どきテレビドラマでもありふれてるし、SFや歴史もののやおい好き女子はむしろマジョリティだと思っていたので、正直ぶったまげました。(笑) …でもまあ、自分の視野はベースが同人誌界ですから、ここから見える読者層と、商業BLさんが想定している読者層はまったく別物なんだな、とひしひしと感じました。

そしてSFは…創元さんの募集はいちおう「広義の」SF、と入ってるので幅が広いかしら?と思ってたんですが……過去の系統を見直すと、やはりハードSF系(すごくミもフタもない言い方をすると、理系ネタでくすぐられちゃう層への「サービス」があるもの)が歓迎されているし、それにこちらは逆に……これも今回細かく調べて初めて実感したんですが……同性愛表現はまだご法度に近いですね。未来社会ならあたりまえのように同性愛カップルもいるだろうなあ、と想像してしまうんですが……意外なことに、コレに関してはリアルのほうが少し先をいってる気がします。

伝統的に男の子向けのジャンルということもあって、(自分を含めた女性読者も「そういう部分」ひっくるめて慣れているので)、二次はともかく一次創作では違和感があるかもしれない、と、とくに反感はなく自然にそう思いました。男女の役割分担は様式美のレベルで保守的かもしれません。「男勝りな美少女」とか含めて、「男の子/元男の子から見て魅力的なもの」の範囲がベースになってるのは当然といえば当然。あえて男性の同性愛を出すとなると、それなりの問題提起があるジェンダーテーマのSF、みたいな扱いでないと申し訳ないような雰囲気を感じます。自分が百合を見てもまったく楽しくないのと同じですから。お隣さんのゲイカップルに回覧板置きに行く、みたいな「あたりまえ社会」を出すのは……漫画ならスルッといけるかもしれないけれど、小説でしかもシリアスなものは、少なくとも「今の日本」では(巧拙以前の段階で)かなり難しいかもしれないな、と真剣に感じました。これから変わるかもしれないけれど。

…自分に見える視界では、女性がSF小説やSF映画を好むのは普通なんです。そして自分の作品を読んで下さる男性読者さんは、当然うちでやる程度のJUNE表現はオッケーな方々。…なので、「JUNE感覚を解する人で、SF設定も自然に読む人」が、自分のなかであたりまえになってしまってるんですね。これが全体から見るとじつは少ない(少なくとも商業出版ではそう考えられている)ということ…わかってるようでわかってなかったです。(^^;)

…今回たまたま思いついた二つのプロットが、両方ともSF的設定でJUNE要素があるんです。一つの設定はわりとリアルな近未来社会で、でもはっきりと微JUNEシリアスなので、腐女子さんが得意な深読み感覚を当てにした書き方になってるんです。だからBLかと思うんですが…商業BLだとSFがご法度だし、たぶん深読み系も欠点になると思います。(でもここは、露骨に書いてしまうと深読みスキーとしては価値が下がるところ)もう一つは「少し不思議」系で、「あたりまえのように」同性愛者が受け入れられてる世界を書いてましたので、BLでもSFでも「なにかが足りない」ということになると思います。落ち着いて考えると両方とも、商業枠に応募するのは無理そうな作品でした。というか、自分はどうもそういう「すきま」の領域に魅力を感じてしまうようで、これが「やりたい世界」「見たい世界」です。ネットや同人誌ではこの手のニッチにも制限はありませんから、どうも商業出版と感覚が乖離してしまうんですね。

ただ、「こういう作品を発表できる場は(同人誌以外に)あるかな。あったら読んで下さる方が多い場に持って行きたい」というスタンスなので、応募先の基準に合わせて変更するのは本末転倒なんです。…試しに改稿はしてみたんですよ。シリアスのほうを、ヘテロ設定に。でもそうなると、自分がそれを書いたときに表現したかったものが薄くなってしまいました。やはり自然に出来上がった作品を捻じ曲げるのはよくないんだな、と思いました。でも、マジョリティ向けの作品しかなかったら世の中面白くないよなあ、とも思ったり。(笑) だいたい自分が面白いと思わないアプローチのものは、いくら世の中に需要があっても書けないですし。やはり人口が少なくとも作品に合う場を探す、というスタンスしか取りようがない気がします。むー。

…今回実感したのは、なぜか自分は商業に応募すると意識すると、「自分にとっては面白くないものを書かなきゃ」という矛盾したプレッシャーを感じるということでした。たぶん、売れ線の本にまったく食指が動かなかったり、評価の高い本がまったく楽しめなかったりという経験が多いせいだと思います。SHERLOCKみたいに世間様と合うことも映像ではけっこうあるんですけど、なぜか本の場合は比率が低いんですよね…そういうものかもしれませんが。

でも、先日とある定評のある、受賞歴もある、しかし自分にはどこがいいのかまったく理解できなかった海外作品(好き嫌いの問題なら「でもここが評価されてるんだろうな」とたいてい想像できるんですが、それすら想像できなかった珍しいケース)のレビューを読む機会がありまして、四人中三人が星五つ、一人が星一つ、というのに出くわしました。その星一つの方のレビューがまったく同感だったので、その比率で「別に自分『おかしい』んじゃない。『少数派』なだけ。たぶん世の中の四分の一の人は似た感覚を隠してる」、と思うようになりました。(笑))

…そんなこんなで悩んでいたとき、テッド・チャンさんのインタビューを読みました。(あとで母艦サイトのチャンさんのコーナーにリンクと、できれば訳も上げておきます)この方は、もう何度かご紹介していますが…(こちらは賞などの評価と自分の嗜好が合ったケースです(笑)) すてきな宝石みたいな作品をお書きになってるんですけど、寡作です。本業は別に持って、作品になりうるアイデアを思いついたときにだけ、しかもすごく時間をかけてていねいに書くという、ある意味すごく贅沢な書き方をしている方です。以前からそのへんのバランス感覚含めて尊敬しています。ご自分にできることとできないことを明確に認識しておられる、という意味で。久しぶりのインタビューながら新情報は少なかったのですが、なにか目を覚まさせられた気がしました。こういう作品の作り方…大袈裟かもしれませんが、こういう「生き方」もあるんだと。なんか最近人生の残り時間を気にして焦ってしまうんですけど、あんな才人でさえあんなに時間をかけるんですから、自分程度の者は、じっくり吟味しないで不本意なものを作ったら、あとで後悔するに違いない。あとで自分が成長して「こうすればよかった」と思うことはあるとしても、「書いてるとき・作ってるとき」の自分の恥じないものを焦らず作りたいと思いました。

…なんか硬いことを書いちゃったなー。あとで自分の首がしまりそう。(とにかく書く事が大事、という時もありますよね、うんうん。モードなんてコロコロ変わるものなんだから、柔軟でいなくちゃ)…そうそう、今回もう一つ思ったのは、自分は「SFはカタカナの世界」だと思っているということでした。なんか、日本人のバンドがロックをやりたいってときに、やっばり発音ヘタでも英語の歌を歌ったりする、それと同じ感覚で。日本を舞台にするなら、今の自分はSFというより伝奇っぽいものを書きたくなる、とわかりました。なんか、舞台設定と作品世界の組み合わせが自分のなかにあるみたいです。

ともあれ、自分の書きたいものを書いて発表できる場がある今の状況はありがたい、と改めて思うのでありました。今年はオリジナル出したいです。やっぱり。

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