2017/07/29

『メッセージ』: 原作者テッド・チャンが語る小説から映画へのプロセス(リンクと拙訳)

映画『メッセ―ジ』鑑賞後に渉猟した英語圏でのテッド・チャン氏の映画関連インタビューから、特に興味深かった1本をご紹介します。脚色の経緯は脚本家さん自身が初期からネットで書いてはおられたんですが、チャン氏の目にどう映ったのか、PDF台本へのリンク、チャン氏のおすすめSF作品の紹介なども入っていて、短いですが貴重なインタビューだと思います。映画のネタバレにはなっていませんので、未見の方も安心してご覧ください。(※アカデミー賞授賞式より前に公開されたインタビューです)

SYFY WIRE -  Arrival: AUTHOR TED CHIANG REVEALS HOW ARRIVAL WENT FROM PAGE TO SCREEN

以下拙訳になります。[ ]でくくった部分は訳者による補足です。
(ファンが勝手に訳したものですので、今後削除する可能性もあります。ご了承ください)


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もしあなたが現代SF文学の通ならば、テッド・チャンの名前はもちろんご存知だろう。 『メッセージ』を観た方には、チャンの名前は映画の原作である短編小説『あなたの人生の物語』の作者としてピンとくるかもしれない。 この小説はチャンに2000年のネビュラ賞をもたらし、その他の作品も、いくつものヒューゴー賞やローカス賞を彼に獲得させてきた。

『メッセージ』の商業面・批評面での成功は、この作品をいわゆるSF映画としては稀なものにした。主要な映画賞のシーズンに注目を浴び、ついにはアカデミー賞8部門でのノミネートとなっている。 通常この手のジャンル映画は映画賞では避けられるものだ。しかし脚本家のエリック・ハイセラーと監督のドゥニ・ヴィルヌーヴは、みごとに旧弊を打破した。私たちは、現在デジタルHDとブルーレイ、DVDになっているこの映画について、脚色のプロセスがチャン氏にとってどのようなものであったか、自身の作品のハリウッドバージョンに対する思い、そして『メッセージ』の成功からどんなことが起こるのを望んでいるかを聞いた。



あなたは1990年以来作品を発表してきています。ハリウッドがようやく今になってあなたの作品の映画化権を求めてきたのは驚きでしたか?

実際のところを言うと、僕は自分の作品がハリウッド映画用に脚色したいと思われるたぐいのものだとはまったく思っていませんでした。 僕の作品のほとんどはかなり内面的なものです。 出来事の多くは誰かの頭のなかで起こります。 自分の作品が映画に適していると思ったことは一度もありませんでしたし、特に『あなたの人生の物語』にそういう可能性があるとは思えませんでした。

映画の世界や脚本の執筆方法は、あなたの執筆方法とはかなり異なっていますね。作品の脚色を許可するにあたって不安があったのではないでしょうか?

ええ、まったくその通りです。 最初にアプローチを受けたのは、21 Lapsのダン・コーヘンとダン・レヴィンからでした。 彼らはエリック・ハイセラーからアプローチを受けていて、元々は彼が僕の作品の脚色案を持ち込んだのです。 彼らはハイセラーが持ってきたアイデアを気に入って、僕に連絡をとってきました。 僕は単純に好奇心をそそられました。というのは、彼らは選択肢としてありそうもない作品を選んでいたので、どんなものを考えているのかとても興味が湧いたんです。 彼らは監督としてふさわしいだろうと考えた人物の作品のDVDを僕に送ってきました。それは"Incendies"[邦題『灼熱の魂』(2010)]で、ドゥニ・ヴィルヌーヴの初期の作品の一つでした。 それを見たとき、彼らがやろうとしていることを示すものとして、この選択は非常に興味深いと思いました。 もし彼らが『トランスフォーマー』を送ってきていたら、たぶんそれ以上話を進めることはなかったと思います。 その時点ではまだヴィルヌーヴに話を取り付けていませんでしたが、彼らは興味深い選択肢だと考えていました。そしてそのことが、自分が彼らに機会を与えることに前向きになるうえで大きな役割を果たしました。 そして2、3年後に彼らはヴィルヌーヴをチームに加えることができました。

多くの場合、作家の作品の映画化権が獲得されると、それでおしまいです。もう誰もあなたに話をせず、彼らは自分たちが作りたいものを作ります。 エリック・ハイセラーとあなたとの場合はどうでしたか?

たくさん話し合ったわけではありませんが、 たしかにときどき電子メールはやりとりしました。 彼はどう脚色するかについてしっかりとビジョンを持っていて、初期の段階でアプローチを考え出しました。すべて彼1人でです。彼は脚本の初稿をスペック[依頼された仕事ではなく自主的に書くこと]で書いていました。つまり無報酬のまま自ら進んで書いていたんです。彼ら[21 Laps]は最初に僕にアプローチをしてきた時、提示する資金を持っていませんでした。彼らは契約料金がなく、コミットメント契約もないショッピング・アグリーメント[映画化プロジェクトをスタジオ等に売り込む権利を与える契約。ただし原作の著作権は引き続き著作権保有者にあり、プロジェクトが売れた場合の権利に関するスタジオ等との交渉も著作権保有者との間で行われる。一般的なオプション・アグリーメントより著作権者の自由と権利が守られる]を望んでいました。エリックが脚本を書くことができたのは、まさにそのためです。彼が自ら進んでスペックで書いたという事実、彼がそれに膨大な時間をつぎ込んだということから、僕は彼に機会を与えようという気持ちになりました。彼は明らかにこのプロジェクトに全身全霊を傾けていましたから。彼は契約を検討していた時期にアイデアのピッチをしに来て、頭の中に思い描いていた映画を僕に説明しました。そして僕は、彼のアイデアを気に入ったわけです。

その時のピッチと、最終的に映画として完成したものはどれくらい違いましたか?

脚本には、たしかに進行途中で生じた変更があります。 パラマウントは台本のファイナル・ドラフトを公開しました。公開ページ初期の草稿はいろいろ違うところがあります。そしてファイナル・ドラフトと映画それ自体を比べてみても、いくつか違いがあるのがわかるでしょう。 でも僕は彼の最初のピッチが物語の感情面の核心を捉えていると感じましたし、それは完成した映画に至るまでずっと保たれたと思います。

ルイーズ・バンクス博士のキャラクターと彼女の語りは、あなたの短編小説の感情面の柱になっています。 彼らは彼女のものの見方・感じ方を映画に移し替えたわけですが、その方法には満足しましたか?

エイミー・アダムスの演技にはまったく感服しました。台本を読んでも、これが映画の中で実際どんなふうに演じられるかは想像できないんです。ルイーズが持つすべての側面について、彼女の演技は説得力があると思います。

あなたが創造したヘプタポッドは、映画の中で視覚的な説得力を持っていました。しかし原作者としてあなたが想像したものと完全に一致していましたか?

ヘプタポッド自体のデザインに関しては、映画のヘプタポッドは僕が小説の中で書いたものと完全に同じではありません。しかしあの造形にはとても満足しています。僕が自分の作品のエイリアンを設定した時、基本的な目標の一つは、人間とはまったくかけ離れた外見にしたいということでした。通常僕らが目にするエイリアンは、映画では必ず、それだけでなく多くのSF小説でも、二本の腕を持ち、二本の脚があり、一つの頭に複数の目と一つの口がついているものです。僕はエイリアンを放射相称[クラゲのように中心軸に対して対称面が多数あること]で、顔とみなせる部分がないものにしたかったんです。 彼らが作り上げたエイリアンは放射相称で顔はありませんから、彼らのエイリアンは僕が自分のエイリアンでやりたかったことを実現しています。

『メッセージ』は当初から「知的なSF映画」と言われてきました。それはあなたがプロフェッショナル・ライターとしてしていることで、あなたは知的なサイエンス・フィクションの物語を作っています。 『メッセージ』の成功から、より多くの人が再び知性的なサイエンス・フィクションを読むようになることを願っていますか? 

何よりも望むことがあるとしたら、この映画がサイエンス・フィクションについて多くの人が持っている概念を変えてくれることでしょう。SFをよく読む人やSFファン以外にとって、サイエンス・フィクションとはハリウッドが発信しているものです。つまり特殊効果のことであり、巨大な爆発や善と悪の戦いであり、ヒーローと悪者が崖っぷちで殴り合うことです。でもサイエンス・フィクションには、その核心ではそういった要素はまったくありません。SFとは何かということについて、『メッセージ』が多くの人の考えを変えてくれることを望んでいます。 それがSF映画に何を期待するかであれ、小説の形で書かれたSFをどう考えるかであれ、『メッセージ』をきっかけにして、サイエンス・フィクションがただのポップコーン・ムービーのようなものではなく、もっと真剣なものとみなされるようになってくれたらと思います。これはポップコーン・ムービー好きとしての意見ですが。

あなたがもっと多くの人に読まれるべきだと思う、おすすめのSF作家を挙げてもらえますか? 

僕がいつも薦めているSF作家の1人はグレッグ・イーガンです。彼の哲学的な問題のドラマタイズの仕方が好きで、僕自身個人的に大ファンです。彼は短編集を出していて、1つは"Axiomatic"、それから"Luminous"です。彼は知的側面に関して厳格です。

テレビのSF番組はどうですか? その分野で見る価値があるものはありますか?

何年か前に、初めて"Black Mirror"を観ました。Netflixで公開される前です。当時、アメリカで見られたらいいのにと思いました。これはテクノロジーが僕たちの生活にどう影響するかを実際的に描いていて、とても楽しめました。ほとんどのテレビのSF番組は続き物で、「今週のモンスター」か「今週の事件」というものですが、" Black Mirror"はそれとはまったく違うところが好きでした。とても斬新でした。


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映画契約関連の用語は以下のページを参照させていただきました。ご興味のある方はどうぞ。(蛇足ながら……インタビューの文中では長くなるので解説を省きましたが、日本と異なり作家さんはエージェンシーに属しています。ですので、もちろんショッピング・アグリーメントでも個人がスタジオと交渉をするわけではないと思います。念のため☆)

spec script

shopping agreement

option(film making)


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毎度のお知らせですが、以下のページにテッド・チャン氏の作品や活動に関する情報をマイペースで保存しております。(^^)
テッド・チャンさん備忘録
公式サイトがないのでネットで拾った情報などを個人的に放り込んでいただけですが、はや十年目になりました。映画からファンになられた方など、ご興味のある方には楽しんでいただけるかもしれません。よかったらどうぞ。(※PC用サイトです)
【※2024年追記:上記旧サイトを閉鎖するため、bloggerに引っ越しました】