2015年6月11日木曜日

ウィキリークス映画ようやく鑑賞♪/『フィフス・エステート: 世界から狙われた男』(2013)

ベネディクト・カンバーバッチ『フィフス・エステート』をやっと見ました。ウィキリークスの創立者ジュリアン・アサンジを題材にした映画。アサンジ氏自身は映画に否定的立場だったそうで、公開前に脚本が当のウィキリークスでリークされたり(宣伝になっただけのような気がするけど(^^;))、ベネさんとアサンジ氏の間にメールのやりとりがあったなど、公開前後ネットでいろんな話題が流れていました。

タイトルは既存の報道メディアを「The Fourth Estate(第四階級)」と呼ぶのに対して、ネットでの新しい発信を「The Fifth Estate (第五階級)」と呼ぶ言葉から。(エドワード・スノーデン君の本『スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実』ってので知りました☆)
アサンジさんも話題になり始めた頃インタビューとか少し追いかけたのですが、詳しくはありません。ただ今でも興味はあって、キャストのベネさんも興味津々でした。…が、事前に目に入ってたレビューではわりとイマイチだったのであまり期待せずに鑑賞…。うーん、思ったほどひどくないよ?とは思いましたが、題材が痩せてしまってるかなあ…という印象はありました。

つい最近、フェイスブックを作ったマーク・ザッカーバーグの映画『ソーシャル・ネットワーク』をテレビでやってたのを録画して、まだ途中なんですけど見ていまして(だからあちらの落としどころはまだ知らないのですが)、似たことを感じたんです。「人格的にかなり欠陥のある人物がすごいことをやって、でもその人格のせいで人生としては挫折する」という、あるパターンのステレオタイプに納めようとしている感がすごくあって。もちろん、映画の観客はコンピューターの専門家ではないから、人物ドラマに落とし込むしかないのはわかるんだけれども、特にウィキリークスの場合はその理念的な部分が共感や議論を呼ぶわけで、そのへんがわりとそぎ落とされてたのが自分にとっては「なんでこの題材でこうなる?」という残念感になってました。

DVDには特殊効果についての特典があるんですけど、ここでも「特典がそっちなの???」感が。自分としては(そしてかなりの観客がそうだと思うのですが)映画の特殊効果より、ウィキリークスとアサンジ氏そのものに関心があったので、むしろ脚本家さんや監督のそのへんのアプローチとか考え方とか聞いてみたかったです。

特殊効果が使われたのは、心象風景として出てくるウィキリークスの「オフィス」で、現実のものではなく、無限に机が並んでいるというもの。実際のオフィスの写真は以前見たことがありましたが、植物いっぱいの秘密基地って感じで、「こんなとこで働きたいなあ」と思いましたですよ。(笑)

(あ、検索で出ました!たしか見た写真これです!映画のより魅力的。いや、映画の流れでは魅力的ではいけないんだろうけど(笑))


映画の「架空オフィス」は、床に砂がまいてあるとかは特典で言われるまで気づきませんでした。無限の机の列は、特典でも言われてるんですが、『アパートの鍵貸します』の主人公の職場のシーンを彷彿とさせました。砂はアサンジ氏の出身とかからのイメージとのこと。ここで無数のアサンジが座っているのが出てきたり、サイトが機能しなくなる場面ではこの架空の「オフィス」が破壊される、というイメージを見せています。

わかりやすい表現だとは思うんですが、なにか幼稚な感じがしました。アサンジ氏の考え自体を幼稚だとみなした表現なのか、たんに技術的にそうなったのかはわからないんですが、見た印象ではなんかそぐわない。監督はドキュメンタリーではないこと強調するためにこういうシーンを入れたと語ってるのですが、ほかのシーンが立派にドキュメンタリータッチなので、どうもうまく融合してない印象でした。

あと、純粋に映画の語り口の問題として、視点が混交していたのが散漫な印象につながってました。映画はアサンジに協力してその後仲違いするダニエル・ベルクの視点で主に描かれるんですが、そこが徹底していないんです。さっきの「特殊効果」のオフィスのシーンで、そこが「ダニエルが見た風景」でなく、「破壊されたオフィスにたたずんでるアサンジ」、という形で、「アサンジが見た風景」として出てくる箇所が一カ所だけあって……表現自体は映画として充分「あり」だと思うんですが、そこまでがダニエルの視点がメインだったので、文章で言うとそこだけ人称が違う感じなんですね。シャーロック・ホームズで言うと、ワトスンの一人称で彼から見たホームズをずっと描写していたのに、いきなりホームズの一人称の文章が一文だけ混ざったような。形式の問題というより、見ていて生理的に違和感を感じる、という感じでした。

もしあの「呆然としたアサンジ」センチメンタルな効果として入れたい、としたら、自分なら「それを見ているダニエル」を画面の端に入れて「人称」を統一しようとするかもしれないな……なんて思いました。

もしかしたらダニエルが映っていなくとも、シーン自体はそういう意図だったのかもしれない、と今思いつきましたが……リアルタイムで「なんで?」という違和感があったのは事実なので、まあ自分の鑑賞力の問題かもしれませんか(笑)、いちおう書いておきます。

全体に、アサンジ自体への踏み込みが浅いので…「ダニエルから見たアサンジ」というラインで描くのはいいと思うんです。残念ではあるけど。でもドキュメンタリーではないとしながら、ラストではアサンジが観客に向かって語りかける演出になってたり……どうもアサンジへのカメラの寄り方(比喩として)がシーンによってちぐはぐな感じがしました。

ベネさんはいつも通りがんばってますけど、撮り方のせいなのかなんなのか、物まねしてるのを撮りました的な「浮いた」感じがありました。実際のアサンジ氏がどういうしゃべり方をするかは知らないんですけど。(^^;)ルックスはアサンジ氏ご本人のほうがインパクトありますね。これは仕方ないかもしれない。でもベネさんのバリエーションとしてはちょっとフェミニンで、その意味では貴重(笑)

ダニエル役のダニエル・ブリュールは自然でとてもよかったです。ガーディアン紙の記者役のデヴィッド・シューリスもブンヤ的雰囲気とオトナ感出してくれて、若いキャラが多いなかで引き締めてました。あ、その後輩記者(?)の役で『ダウントン・アビー』のハンサムさんが出てました。(名前忘れた(^^;))知らなかったのでびっくり。ほかにローラ・リニースタンリー・トゥッチ、そしてアレクサンダー・シディグ(美しい♪)まで出ていて。日本では劇場未公開なのでなんとなく小粒な印象ですが、じつはキャストは豪華だし、まったく小粒狙いではないんですね。ただ、見た印象はやはり小粒…かな。(^^;)というか、題材があれならもっと…という感がどうしても残ります。

現在まだ進行形である対象だし、現実のほうが面白いので、題材にとっただけでも敢闘賞、ではあるのかもしれません。自分の興味としてはがっつりドキュメンタリーを見たほうがいいのかも。(ウィキリークスはなにかと気になるスノーデン君にも協力してますし)
特典で名前が出てくるまで気づかなかったんですが、監督のビル・コンドンイアン・マッケラン『Mr Holmes』も撮った人ですね。(あっ、今プロフィール見たら『ゴッド・アンド・モンスター』もこの方なんですね!なんか「匂い」を感じる~!(笑)) 続けざまにおいしい題材をやってくださってることには感謝です☆



0 件のコメント:

コメントを投稿