・絶食系男子
・リアルのゲイとアセクシュアル
・ネガティヴ・ケイパビリティ
・ジョナサン・アリス
・その他のリアルの話題
(やんわりと小説のネタバレになるかもしれない単語をいくつか見つけたので、そこは消して空白になっております。ご了承下さい)
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あとがき
最後までお読みいただいてありがとうございました。この小説は、二〇一四年三月八日開催のBL系同人誌イベント、J.GARDENにて初版を販売いたしました、同名小説の電子版です。(その後少々改稿をしております)BLと称するには変則的ですが、ゲイのキャラクターの扇情的ではない、やさしい関係を描いてみたいというのが願いでした。お楽しみいただけましたでしょうか。いろいろ興味があるものを詰め込んだので、最後にイメージソースや参考にしたものなど、織りまぜて書き留めようと思います。少し長くなりますが、よかったらおつきあいください。
絶食系男子
「絶食系男子」という言葉を知ったことが、この話を書く大きなきっかけになりました。目にしたのはネットの記事で、「草食系」を通り越して「絶食系」の若い男性が増えている、という内容でした。性的なもの自体に汚いイメージを持つ潔癖タイプの人も増えている、という切り口もありました。そこでなぜか、矛盾した色気を感じてしまいました。で、そのへんからイメージを発展させていったのですが……最初から「BLで」という前提ではあったので(ここらへんが無茶なのですが)、まったくの絶食ではなく「今は訳があって絶食中」になり、恋愛関係について「潔癖」な感じが残りました。…でもイアンさんは、なりゆきで絶食系男子というより になってしまいました。ごめんねイアン。(ちなみに、男性の冷え性はほんとに とも関係があるそうで、血行の悪さが両方の原因になるそうです。冷えが大敵なのは女性だけじゃないんですね)
リアルのゲイとアセクシュアル
もうひとつ、かなり大きく影響したのが、リアルのゲイの方々について情報が増えたことでした。たまたま手に取ったLGBTを解説する本に、ゲイの学生さんの声が引用されていたんですが……印象的だったのが、ゲイの仲間とのつながりがほしくでそういうコミュニティに行くと、すぐに肉体関係を求められるのがいやだ、というものでした。これは失礼ながらすごく意外でした。「やりたい」が真っ先に来るのだとばかり思っていましたから……。これも偏った情報やイメージにばかり接してきた弊害でしょうか。考えてみれば、同じゲイの仲間を求めるのは恋人募集ばかりではなく、共通の悩みを話し合えるとか、愚痴やのろけを含めた恋愛話も気楽にできるとか、いろんな要素がありそうですよね。ヘテロで考えたら当たり前に想像できるのに、ゲイ仲間と聞くと性的な関係しか想像できない、というのはほんとに失礼な誤解でした。その後、リアルの若いゲイの方には「添い寝やハグで充分」という方たちも出てきていると知り、女の子がファンタシーとして思い描いていたなかの、繊細なタイプの世界もあながち現実離れはしてないんだな……などと変な感慨がありました。
そして作品中でも取り上げました通り、二〇一四年にイギリスのイングランドとウェールズで同性婚が合法になりました。(これを書いている今は、アメリカ最高裁で合法とされ、全州で同性婚が認められるようになった直後です。どんどん状況は動いていますね)
好きな俳優さんにゲイの方も複数おられることから興味がわいて、あちらのゲイ雑誌の結婚関連記事なども読むようになったのですが……するとある意味「幻想」が壊れるわけです。長年のカップルがいる一方で、ケンカも破局もあるし、生々しく経済的なトラブルもある。ゴールできれば万歳、ではまったくない。思えば当然なんですが、直面する問題もヘテロと変わらないんだなあ……としみじみ思いました。
「リアルのゲイ」への見方が輪をかけて変化したのは、なぜか「アセクシュアル」の概念をはっきりと理解してからでした。不勉強で知らなかったんですが、LGBTの多様なセクシュアリティの分類の中に、「アセクシュアル(無性愛)」というのが含まれているんですね。そしてその詳細もさまざま。これは目からうろこでした。その瞬間に、同性愛を差別しないで見る、という感覚がわかった気がしました。「アセクシュアル」を認める、つまり恋愛に興味を持たない自由までを視野に入れると、恋愛の対象や自分のあり方のバリエーションであるLGBTというものが、急に自然にイメージできるようになり、すべての垣根が取り払われる「自由な」感じがしました。
ネガティヴ・ケイパビリティ
「ネガティヴ・ケイパビリティ(Negative capability)」は、引用のとおり詩人のキーツの手紙にある有名な言葉だそうです。もともとは、別の詩人が性急に理屈に飛びつくことを批判する文脈で書かれた言葉です。その後いろいろに解釈し直されたりして広がったらしいです。直訳で「消極的能力」などとも訳されているのですが、調べてみると「あいまいさに耐える能力」というイメージでした。「ポジティヴな能力」が体から外側へばーんと出していくイメージだとしたら、逆方向に自分の中へ受け入れる、という意味でポジティヴの反対のネガティヴなので、「消極的」とするとちょっとイメージが違う気がしました。なので、冒頭の引用ではだいぶ言葉を補って意訳させていただきました。まさに理屈っぽく頭でっかちのイアンが、ラストでは多少この能力を身につけていればいいな、というイメージでタイトルにしています。なんだか昨今自分たちにも必要な能力だな……という気もします。
ジョナサン・アリス
イアンのルックス、名前、設定などのヒントは、ジョナサン・アリスというイギリスの俳優さんから〝いただき〟ました。海外ドラマ『SHERLOCK』の、アンダーソンというイヤミな鑑識官役で知られています。(ご本人はワインに詳しく、ロシア語ができてヴァイオリンも弾けるという多才な方です。ちなみにヘテロの既婚者で、新婚旅行は日本だったそうです)この方が『サイトシアーズ 殺人者のための英国観光ガイド』で演じた脇役、「イアン・ワーシング」が直接のイメージソースです。遺跡を巡ってレイラインの本を書いている役ですが、妻帯者でレイラインへのアプローチもいわゆる研究者側。この小説のイアンとはかなり違う設定です。スペルがわからないので勝手にWorthingとし、これの発音を確認して、濁点付きの「ワージング」としました。ちょっと「いなたい」響きが気に入っています。
じつはタイトルの「ネガティヴ・ケイパビリティ」も、この方がちょい役で出たキーツの映画(『ブライト・スター 一番美しい恋の詩(うた)』)を見たときに、キーツについて調べて出会った言葉でした。…というわけで、練り上げる過程でかなり離れたものの、ベースのアリスさんなしには存在しなかった物語です。謝辞を密かにこの方に捧げます。
その他のリアルの話題
二〇一四年が第一次世界大戦百周年だったのも、もちろん現実の大きなイメージソースでした。レイラインの はまったくの創作ですが、言及した書籍や仮説は実際にあるものです。(巻末の参考文献でご紹介しています) という部分は、 仮説を提唱している方が、Google Earthにこの仮説の を重ねて表示するファイルを無料配布しておられまして、それを眺めて を通っている を知り、「こりゃ使える」とばかりにさかのぼってモデルの村を設定しました。(何ヶ所かイメージをまぜている架空の村です)イアン・アプルトンとエリック・ウェスコットは、もっともらしく書いていますがモデルの はいません。ベースの や、戦時郵便の状況のみ現実を参照しています。こちらの話もまじめに書いてみたい気もします。
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イアンさんは、「BL版寅さん」のイメージもありました。(そんなものに需要があるかどうかは別として(笑))寅さんて惚れっぽいんですけど、最終的なところまではなかなか「いたさない」し、最後は必ずマドンナとさよならなんですよね。そのへんがいい感じだなーと……。今回は「可愛いとは思うけど好みとは違う」マーク君がマドンナ(?)だったので、いつか「モロに好み」なロマンスグレーのおじさまにドキドキするイアンさん、なんてのも見てみたい気がします。(そうなると、イアンさんにはずっと煮え切らない状況でいてもらわねばなりませんが……なんとも気の毒です(笑))
とにかく作者にとっては、好きなものをたくさん織り込んで楽しんで書けた物語でした。いろいろ心残りもありますが、それは今後の課題とします。イアンさんの絶食期(?)なりの「テンションの低いお色気」を、少しでも楽しんでいただけたら幸せです。機会がございましたら、ぜひご感想などお聞かせください。
末筆ながら、改稿時にヨーロッパの一般的な鉄道についてご助言をいただいた篠田真由美様に、心からお礼を申し上げます。
牛乃あゆみ
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