2015年10月11日日曜日

J庭準備中、と、コクトーご命日(『ジャン・マレーへの手紙』から少し)

J庭準備中

J庭まで一週間。どうやら新しいものが持っていけるとしたら無料配布のボリュームになりそうなのですが、ちょっぴり進みました。そちらとは別に、ペーパーのだいたいのところも作ったのでやっと落ち着きました。最悪の場合はこれと既刊を持って行きます。(使いまわしになりますが、気に入っているイアンとマークの残暑見舞いを何かに使おうと思います)

先月後半がいろいろときつかったせいか、ちょっと集中できない感じ――以前のような、本を読むときの作業記憶もできないような感じ――になってたんですが、数日無駄に過ごして(^^;)、読みごたえのある本を読んだりしてるうちに、数日さいなまれていた三叉神経痛も緩和してようやく調子がもどってきました。あとはなんとか深いところにバケツを下ろして書ければいいんですが。

コクトーご命日

それはそうと、今日はジャン・コクトーご命日です。(wikipedia)ちょうどJ庭も近いし、自分のなかでは「この路線」の雲の上の大先輩の一人なので、合間にいろいろと引っ張り出して拾い読みしていました。

(J庭って、やっぱり自分にとっては創作JUNE/BLのイベントというより、ほかのイベントではこっぱずかしくてできないような、わりと自分の本音に近い美的感覚をむき出しに「してもいい」場所、という位置づけでもあるんです。もちろんそれだけじゃないんですけど。…ほかの二次メインの同人誌イベントは、どちらかというと自分自身の感覚よりも、好きな作品に「仮託した部分だけ」を露出することが「許される」場、という気がしています。同じオリジナルでもコミティアとも違う。勝手なイメージなのですが(^^;))

コクトーは詩人でもあり、映画作家でもあり、同時代のココ・シャネルやらピカソやら数え切れない有名人とのつながりなど、逸話がありすぎる人だし、研究対象にもされがちな人なので、好きなものだけ鑑賞しているシロートの自分が話題にするのは気が引けるくらい……というより、名前を出すことでなにか「鼻にかけているように映りそうなのがイヤ」という心配が出るタイプの人なのですが……まあ遠慮するのも変なので(笑)シロート目線で書きます。映画と、フィクションでない文章が特に好きです。(本で言うと『阿片』『ジャン・マレーへの手紙』『ぼく自身、あるいは困難な存在』あたり)

今日はその中でも別格で好きな書簡集『ジャン・マレーへの手紙』から、一節を書き留めたいと思います。二次大戦中に従軍していたジャン・マレーWikipedia)に宛てて書いた手紙からです。(過去に何度かオススメしている本ですね。しつこくてすみません。でもほんとにいい本なので。ほかの本も含めた以下のエピソードの引用も、何度かしていると思います。ご容赦ください)

マレーはずっと一緒にいたわけではありませんが、終生のパートナーだった俳優。コクトーの死後は『ファントマ』なんかで知られています。彫刻みたいなルックスです。Wikiではコクトーとの関係は「愛人」の一言ですね……ほぼ親子ほどに年が違い、同性の愛人というのはたしかにスキャンダラスなイメージですが、個人的にはご本人たちの書いた言葉から入ったせいか、むしろコクトーの純粋さと弱さと恋愛に限らない情の深さ、マレーの強さ・正直さが印象に残っています。

この方たちについては書き出すとすごく複雑で、短い文章では印象のみでさえ書ききれません。なので、『美しき野獣―ジャン・マレー自伝』から引用するにとどめます。コクトーに初めて会って役をもらったあと、いろいろあった後にコクトーの滞在先のホテルに呼び出されたマレーは、「君を愛している」と言われて「僕も愛しています」と言います。しかし「嘘を吐いた。そう、私は嘘を吐いたのだ」と自身で書いています。

「この嘘を説明するのは難しい(……)もちろん、目的を達するためにはすべてを整える出世主義者の自分を忘れてはならない。それを私は認めたくなかった。自分の行動を美化できる要素だけを私の裡に見たいと願っていた。(……))彼の想像した人間になるべく努力しようと自分に約束した。私は喜劇役者(コメディアン)になろうとしていたのか? 確かに、私の敬愛する人が幸福になるならば、喜劇(コメディ)を演じることも厭わない。だがそんな喜劇を長く演じてはいなかった。ジャンに近づく者は、すぐに彼を好いてしまうのだ」(石沢秀二訳『美しき野獣―ジャン・マレー自伝』p.60)

そして、これから引用する書簡集『ジャン・マレーへの手紙』のまえがきでは、「私が見つけることのできたジャン・コクトーただひとつの欠点は、私にそなわってなどいないさまざまな美点でこの私を飾って見ていたこと」と書いています。

さて、前置きが長くなりました。戦地のマレーにコクトーがパリから送った手紙(1944年「クリスマスの翌日」に書かれたもの)から、一部省略しますが書き留めます。コクトーは一次大戦時に従軍経験があり、マレーには決して英雄になろうなどと思うなと言い、いろいろと差し入れや手紙を送っています。手紙は時には日に複数書いています。今日読んでいて、とくに心に響いた部分を太字にします。

「ぼくの息子ジャノ(ジャノはジャンの愛称)
(……)こちらがどんな具合かわかるでしょう。この街は神経発作の反動で、永遠の愚行が正当化されています。きみのような輝きをもった人たちには、いまや無縁の街です。
ぼくたちに大切なのは、この世でいちばん愛するものの周囲に集結すること、自分の星を見つめつづけること、ときに表面に浮き上がって空気を吸い、生きる力を求めること。きみ宛の手紙は毎日書いています。ですから、ときに届かぬものがあっても、ひとりぼっちと思わずにすむ程度は届いているでしょう。(……)きみの勇気がお手本になってくれます。ですから、ママから受け継いだあの絶望に襲われても、なんとかがんばって自分に打ち克とうとしています。きっとやってみせます。この力もやはりきみのおかげです。
外出していました。戻って続きを書いています。(……)二人で寄り添って生きていましょう。希望を持っていましょう。 
きみのジャン」
(三好郁朗訳『ジャン・マレーへの手紙』p.180)


折々読み返している大好きな一冊。支えなしで立つくらい分厚いのが悩み。持ち歩けるように分冊にして文庫にしてほしいです!表紙絵はコクトー自身によるマレーのデッサン。きれいな本です。
(アマゾンのマーケットプレイスの投売り状態にびっくり。元の定価5500円の本ですよ~!(^^;))

昼間は『美女と野獣―ある映画の日記』をちらっと拾い読みしました。撮影日記で、障害との格闘や喜びなどいろいろ書かれていて、一人で創作をするときに心の支えになる「救急箱」の本のひとつです。

本はみんなそうですけど、コクトーさんの本や作品は、とりわけ要約するのが難しいというかほとんど不可能。でも逆説的に嬉しく思います。ご興味のわいた方はぜひ実物を手にとって、お読みになってみてください。

別の読み応えのあった本についても書きたかったんですが、長くなったのでマズ本日はコレ切り☆

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